倫社の先生
思い返してみると、私は実に個性的な先生とたくさん出会い、そして印象深い思い出をたくさんつくってきた。ある意味、とても恵まれたスクールライフを送ってきたんだと、しみじみ思う。

またしても懐かしの先生シリーズになってしまうが^^;、今回はいむさんのところの記事に触発されて思い出した高校時代の倫社のM先生。(このシリーズだけでいくつも記事が書けそう・笑)

階級社会を嫌って、東大を出ながら都立高校の教師を選んだM先生は、やっぱり学校も一般社会と変りはないという現実にぶち当たって悩み傷つきながらも、自分なりの正義を貫こうと頑張っていた若くハンサムな先生だった。

先生の授業で倫社の教科書を開いた記憶はほとんどない。授業はいつも先生お手製の膨大なプリント資料だった。いつも放課後遅くまで鉄筆でカリカリ資料を作っている姿に尊敬と憧れをもってみていた。(あ…鉄筆って、年が…笑)

私が入学する前年あたりに我が校で「部落宣言」をした生徒がいたそうで、「部落解放問題」についてのディスカッションをカリキュラムに取り入れることになったらしく、そのモデル校にあたる我が校の授業を担当していたのがM先生だった。恥ずかしながら「部落」という言葉の意味さえ正確に理解していなかった私は、この授業によっていろいろな現実に目覚めていくようになる。

部落問題についての授業がひと通り終わったあと、次にM先生がテーマに取り上げたのが「在日朝鮮人問題」だった。当時この問題を高校の授業で扱うなんてほんと勇気のある先生だったと思う。私たちが「知らない」「自分とは関係がない」で通している現実を目の前に突きつけて、何かを感じとらせようと真剣だった先生の授業は、他のどんな教科よりも新鮮で興味深く刺激的だった。その分、PTAからの突き上げや職員間でも孤立されていたようでお気の毒だったが…。

ある日の授業で某生徒が「朝鮮人学校なんかに行くから差別されるんだと思います。普通に日本の学校へ行けばいいのに」と発言したことがあった。驚いたことにその意見に同調する人が何人も出てきた。それまでは自分の意見があっても絶対に手など挙げない私が、この時はじめて挙手をして「アメリカンスクールに通っているアメリカ人にも同じことが言えますか?」と発言していた。自分が知らないうちにこの在日問題に強い関心を寄せている現実に驚いた瞬間でもあった。

夏休みの読書感想文に、高史明の「夜がときの歩みを暗くするとき」を選んだ。この本は在日問題を扱いながら、同時に戦後の共産党の問題もはらんでいる作品だったため、共産党史にまで興味がいきかけて、一時は「要注意人物」のレッテルを貼られる寸前までいったっけ(笑)

今は政治色の強い話とは遠い次元で生活しているが、世の中の差別という差別を徹底的に嫌っていたM先生が私たちに真剣に伝えようとしてくれたことは決して忘れられない。そして、M先生の素晴らしいところは決して難しい文章でものを伝えようとしなかったところだ。先生の書かれる文章はとても平易で、そして心に頭に自然に沁みこむように入ってくる。今でも先生は私の文章のお手本でもあるのだ(道は遠いけれど…)

「在日問題」は今でもデリケートな問題であることにかわりはないが、以前に比べればその扱い方がソフトになってきたと感じることが多い。それだけ時代は変ったのだろう。韓流というブームが来ることなんて当時考えることもできなかったから。

M先生はこの「韓流ブーム」をどんな思いで見ているんだろうか。もしかして、どこかの映画館でご一緒しているのかもしれないと考えるとそれもまた楽しい(笑)
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by mario5846 | 2005-10-09 15:23 | ◆その他
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